Astrology_Arcturus

西洋占星術と精神世界の冒険

愚かな娘「占星術」と賢い母「天文学」

 

ルネサンス以降、凋落していく占星術の一方で、天文学の進歩は素晴らしかった。

 

カトリックがその宗教的支配力を失速させていくのに反比例して、科学として神学からの独立性を獲得していった天文学は観測技術の発達にともない目覚ましい発達を遂げ、地動説をとなえたニコラウス・コペルニクス(1473~1543年)、膨大な天文観測記録を残したティコ・ブラーエ(1548~1601年)、惑星の公転軌道が楕円であることを証明し、地動説を完成させたヨハネス・ケプラー(1571~1630年)といった天文学史上に燦然と輝く天才たちを輩出したのである。

 

とはいえ、当時はまだ占星術を副業にする天文学者も多く、天文学占星術は完全に分離していたわけではなかった。事実、ここに挙げた三者にも占星術師としての顔があったのだ。

 

地動説を確定的なものとした「ケプラーの法則」で有名なケプラーはこう書き記している。

 

「愚かな娘である占星術は、一般では評判のよろしくない職業に従事し、その利益によって、賢いが貧しい母である天文学を養っている」

 

これはつまり、天文学の研究費をかせぐために占星術に手を染めているということ。「愚かな娘」とは、占星術の立場からすると何ともひどい比喩である。

 

しかし、ピタゴラス的な神秘哲学に深い影響を受けていたケプラーは、宇宙秩序の根底にある「数の法則」に沿って惑星たちが音楽を奏でているとする「天球音楽論」を元に占星術を数学的に純化しようともしていた。実際、現在の占星術におけるアスペクト(天体間の角度)の法則はケプラーに由来するものだ。

 

では、ケプラーが惑星たちのふるまいに感じた神秘とはどういうものだったのか。

 

彼が傾倒していたギリシアの聖哲・ピタゴラスは、「整数比による協和音には魂を喜ばせる働きがある」と説き、1:2のオクターブ(8度音程)、2:3の5度音程、3:4の4度音程などの調和的な響きを尊んだという。さらに、彼は天空を運行する惑星たちも一定の整数比で動いていると推測してそれを「天球の音楽」と呼んだ。

 

天空に奏でられる惑星たちの音楽――なんともロマンティックな話だが、現代の天文学ピタゴラスのその壮大な幻視を裏付けており、その一部についてケプラーも気付いていた。

 

たとえば、月と太陽の会合周期(30日)と水星の自転周期(59日)、水星の公転周期(88日)と水星の1日(176日)、金星の1日(117日)と1年(225日)……これらの数字を対比するとほぼ1:2となる。

 

さらに、水星の自転周期(59日)と公転周期(88日)、海王星の公転周期(165年)と冥王星の公転周期(248年)などは2:3の関係に。

 

また、水星の公転周期(88日)と地球との会合周期(116日)、火星・地球の会合周期(780日)と火星・木星の会合周期(1040日)などは3:4の関係になっている。

 

これら太陽系宇宙の背景に存在する整数比の秩序に、神秘を感じた天文学者ケプラーだけではなかったはずだ。彼らが占星術を捨てきれなかったのは生活の糧を得るというだけではなく、数学的に調和のとれた美を放つ惑星たちのふるまいに何らかの「天意」を見いだしたからではないだろうか。

 

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ヨハネス・ケプラー